研究から探す

ミクロ世界の掟 100兆分の1秒の光で探る 。

※この記事は2024年3月に神戸新聞へ掲載されたものです。

 半導体はパソコンや自動車、通信機器、太陽電池などさまざまな分野に使われており、現代社会に欠かせないものとなっています。目に見える大きさの半導体をうんと小さなサイズ、100万分の1ミリメートル(ナノメートルの世界)位まで小さくすると、その性質はどの様に変化するでしょうか。この課題に最初に取り組んだのが、昨年ノーベル化学賞を受賞したブルース、バウェンディ、エキモフたちです。

 ナノメートルサイズの半導体は「半導体量子ドット」と呼ばれています。エキモフとブルースは1980年代初めに、量子ドットの大きさがわずかに小さくなっただけで、光を吸収する波長や発光する波長が短くなることを突き止めました。これは、量子サイズ効果と呼ばれています。

 1993年には、バウェンディらが良く発光する半導体量子ドットを化学的に合成するコロイド合成法を開発しました。これによってナノメートルサイズの大きさをわずかに変化させただけで、同じ種類の半導体でも七色に光る量子ドットができるようになりました。有機分子では、同じ物質で発光する波長を七色に変化させることは不可能です。また室温では全く発光しないシリコーンも、量子ドットにするとそのサイズに応じてさまざまな色で発光するようになります。

シャルトル大聖堂の金ナノ粒子が入ったステンドグラス
シャルトル大聖堂の金ナノ粒子が入ったステンドグラス

 半導体だけでなく金や銀、パラジウムなどの貴金属もナノメートルサイズまで小さくするとその性質が大きく変わります。金は美しい金色に輝いていますが、小さな球状のナノ粒子にするとその色が赤くなります。教会のステンドグラスの赤色は金ナノ粒子によるもので、昔のガラス職人は金をガラスに混ぜると赤くなることを経験的に知っていたのです。また、銀色の銀は球状のナノ粒子にすると黄色に変化しますが、形を棒状にすると紫色から緑色に変わります。

様々な色に光る半導体量子ドット(玉井研で合成)

 半導体量子ドットは、発光素子としての量子ドットテレビやレーザー、非常に効率の高い太陽電池など、さまざまな応用が考えられている将来有望な新規材料です。また、貴金属ナノ粒子も光触媒や高感度な試料分析、がんの治療など多くの応用例があります。

 半導体量子ドットや貴金属ナノ粒子の性質の決め手となるのは、小さなナノメートル領域に閉じ込められた電子です。電子の動きを把握し、コントロールできれば、高性能なデバイス作製に役立ちます。

ミクロな世界の掟を探るフェムト秒レーザー装置

 研究室ではさまざまな種類の半導体量子ドットだけでなく、ロッド型やプレート型など形を制御した半導体ナノ結晶や貴金属ナノ粒子をコロイド合成しています。またこれらの電子の動きを非常に短い時間スケールで明らかにするために、100兆分の1秒(10フェムト秒)だけ光るレーザーを用いて解明しています。10フェムト秒は、1秒間に地球を7周半回る光が、たった千分の3ミリメートルしか進まない非常に短い時間です。

 1兆分の1秒と言う非常に短い時間の間にも、量子ドットの中の電子にとってはさまざまなドラマがあり、このドラマをコマドリ写真のようにレーザーで測定することで、ミクロな世界の掟(おきて)を解明しています。

玉井 尚登</span> 教授

TAMAI Naoto

フェムト秒時間分解レーザー分光法を用い、ナノ物質に特有な化学反応初期過程のメカニズムを解明。効率の良い光化学反応や光触媒反応を設計する「超高速現象の化学」を研究。