研究から探す

ガラス 身近で「苦手」な存在。

※この記事は2023年11月に神戸新聞へ掲載されたものです。

 皆さんに一つお願いがあります。いったん、この記事から目を離して周りを見渡してみていただけませんでしょうか…。さて、どのようなものが目に留まったでしょう。テーブル、コーヒーカップとぬるくなったコーヒー、砂糖にミルク、もちろん神戸新聞、あるいはパソコンも。

パソコン画面にも使われており、古代から現代まで幅広い用途で使用されてきた(提供)

 私たちの周りにはさまざまな物質が存在しています。物質を原子や分子、電子の集合体とみなして研究することで、なぜそのような性質を示すのかを明らかにする分野が「物性物理学」です。宇宙物理学などと同様に、20世紀に入ってからの物性物理学の進歩には目覚ましいものがあります。応用例をあげていけば、磁気記録体、半導体デバイス、レーザー、太陽電池と、きりがありません。

 ところがそのような物性物理学にも、苦手な分野があるのです(「苦手」というのは研究者にとっては「興味深い」という意味にもなるのですが)。その苦手分野の代表が目の前にある窓ガラスですと言われたら、皆さんはどう思われるでしょう。

スペインにある大聖堂のステンドグラス(提供)

 結晶とは異なり、原子や分子がでたらめな配列のまま凍結した状態がガラスであるということで研究者間の合意は取れているのですが、その「凍結」という曖昧な言葉がくせ者です。液体を冷やしていくとある温度で結晶化して固体になる場合と、物質によって程度の差はありますが次第に粘り気が増してガラスになる場合とがあるのですが、ガラス化の際にはたとえエックス線などの物理の分析手法を駆使しながら観察していたとしても、いつガラスになったのかを判定することさえ容易ではないのです。

大英博物館が所蔵しているローマ時代のガラスの壺(提供)

 ガラスは物理学の未解決問題であると言われるようになってから久しいですが、物性物理学はいまだガラスと液体との明瞭な違いを見いだせないでいるという言い方もできるのではないでしょうか。身近な素材であるにもかかわらず、基本的な部分がいまだに明らかにされていないという見解に同意してくれる研究者は少なくないはずです。

 私の研究室では高分子ガラスを数ナノメートルまで薄くした際に現れてくる新しい性質を探し出して、その原因を追究しています。アクリル樹脂などのごくありふれた物質でさえも、ある厚さを下回った段階で通常のガラスには無い性質や特性の変化が現れることが分かってきました。その極薄の「疑2次元ガラス」の研究を通じてガラス転移の本質に迫るヒントが得られるのではないかと期待しつつ、日々を過ごしているところです。

高橋 功</span> 教授

TAKAHASHI Isao

X線の回折現象を用いた物質構造の研究が一貫した研究テーマである。現在はシンクロトロン放射光などの強力なX線ビームを用いて半導体、誘電体、コロイド、ポリマー、形状記憶合金などの応用上も有用な物質群の表面・界面の構造&モフォロジーを調査し、表面・界面でそれらの物質が示す特色ある物理現象との関連を解き明かそうとの試みを行っている。