研究から探す

脇役の水素に焦点 リチウムの働きを後押し。 

※この記事は2024年2月に神戸新聞へ掲載されたものです。

 「すいへーりーべーぼくのふね…」。学生時代に化学の勉強でこの呪文を暗記した方は多いと思います。冒頭の「すい」とは元素の周期表で最初に登場する「水素」のことです。

 水素は地球上ではほとんどが水として存在するため、私たちの生命活動に欠かせない元素の一つとなっています。一方で、半導体や石油化学などの工業分野においても水素は幅広く利用されてきました。さらに近年、カーボンニュートラル(温室効果ガス排出の実質ゼロ)の実現に向けて、エネルギーキャリアーとしての水素の重要性に注目が集まっています。

 水素をエネルギー利用する代表的なアプリケーションとして、燃料電池や水素エンジンが一般的によく知られています。どちらも水素が化学反応(燃料電池)または燃焼(水素エンジン)により酸素と結びつくことで電気・熱・運動エネルギーを生み出しており、水素は当然主役として働いています。一方で、水素が脇役ながらも重要な機能を果たしている興味深い電池材料もありますので、本稿で紹介したいと思います。

高速回転するB12H12イオン

 水素とリチウム、ホウ素(それぞれ上記呪文中の「りー」と「ぼ」)から構成される「錯体水素化物」と呼ばれる固体の粉末があります。この水素化物中では水素(H)はホウ素(B)と籠状の多面体構造を形成しているのですが、通常はおとなしくほぼ静止しているこの籠が、ある温度以上になると急に高速回転し始めます=図。この高速回転によってリチウムが高速に移動(リチウム超イオン伝導)できるようになるのです。

 繰り返しになりますが、この水素化物は固体です。同じH2Oである水と氷の違いからわかるように、一般的に固体中では原子・分子は自由に動き回ることができません。固体中でリチウムが高速に移動するというまれな現象を水素が誘発していると言えます。

 この錯体水素化物をリチウムイオン電池の電解質に応用することを目指しています。リチウムイオン電池では主役のリチウムが正極と負極の間を行ったり来たりするのですが、電解質はその通り道となります。多くのリチウムを同時に速くスムーズに通すことが要求されます。

 現在市販されているリチウムイオン電池では液体の電解質が使われていますが、低温ではリチウムの動きが悪くなるため充放電性能を低下させる要因となり、また高温では最悪の場合発火してしまう危険性があります。

 電解液を固体水素化物に置き換えることでこれらの課題を解決し、電気自動車に搭載可能な高性能リチウムイオン電池を実現できると期待できます。主役のリチウムの働きを後押しする脇役の水素にスポットライトを当てていきたいと考えています。

松尾 元彰</span> 准教授

MATSUO Motoaki

私たちが普段呼吸しているように水素ガスを吸ったり吐いたりできる金属や、固体中を金属イオンが高速に移動できる高速イオン伝導材料などの研究開発を行っています。