研究から探す

ラマン散乱光を分析して、ヒト感染性ウイルスを検出する。

※この記事は2021年6月に神戸新聞に掲載されたものです。

19世紀の終わり頃、タバコの葉に感染する、「フィルターをも通り抜け、培養することができない病原体」の存在が報告され、初めて科学者はウイルスの存在に気がつきました。ウイルスは一般的に細胞よりずっと小さく、光学顕微鏡では見えません。DNAやRNAと呼ばれる遺伝子を持っていますが、自分で子孫を作る機能を持っておらず、寄生した宿主細胞が持つ増殖能力を使って増えるのです。ウイルス発見から120年後の今、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が、世界中を混乱に陥れています。

それでは、現在人類はどうやってウイルスを見つけているのでしょうか。それはまず、誰かの感染から始まります。感染数日後にはウイルスが増殖し、熱が出て体調不良を訴えます。病院でPCRや抗体検査を受けてウイルス感染が分かるのです。もしそのウイルスがエボラウイルスのような致死性が非常に高いウイルスだったら大変です。しかし今の技術では、誰かが感染する前にウイルスを見つけるのは至難の業なのです。

なぜそんなに難しいのでしょうか。人類が最初に見つけたのがタバコのウイルスだったように、植物、動物、微生物にもウイルスがいます。もし空気中のウイルスを見る技術があったとしても、きっと周りはウイルスだらけで、どれがヒト感染性ウイルスなのか、全く見分けが付かないでしょう。

私たちの研究室では、人の代わりにヒト培養細胞を用い、ヒト感染性ウイルスを検出する技術を開発しています。ウイルスに感染しても細胞の見た目は変わりませんし、熱も出さない、咳(せき)もくしゃみもしません。

そこで、光を使って細胞を構成する分子のわずかな変化を検出するのです。顕微鏡下でレーザー光を細胞に当てると、ラマン散乱光という特殊な光が出ます。この光を分析することで、細胞が侵入したウイルスに分子レベルで対抗する様子が見えてきます。

これまでの開発で、ウイルス感染から3時間後の細胞の変化を検出することに成功しました。今はまだ、ウイルス判別技術と、空気中のウイルスを集める技術の開発中ですが、将来この技術を国際線の飛行機などで利用できるようになれば、感染拡大を迅速に防止できるようになるかもしれません。

このように私たちは光を使った分析法を生物に応用し、これまで見えなかったものを見る技術の開発をしています。ウイルス検出はそのひとつで、がん診断、環境ホルモン検出、脂肪分析による健康管理など、社会の未来に役立つことを目指し、ハードとソフトウエアの両面から最先端の研究開発を行っています。

佐藤 英俊</span> 教授

SATOU Hidetoshi

新しい光学計測装置やデータ解析技術を開発し、生命現象を生きた生命体の中でリアルタイムに観測しそのメカニズムを探る。